大学まで、全ての教育を日本で受けた私がアメリカのロースクールに入って感じた言葉のハンディについて書こうと思う。
まず大学までの英語の教育について。中学から私立に行ったので、公立の学校よりは英語の授業の時間が多かったと思う。それと高校受験、大学受験をしなかったので、受験英語ではない分野の英語を勉強をした。だから私は文法に弱いのだと思いたいが、これはウソである。というのも、もともといつも文法の授業の成績が良くなかったので。高校からはネイティブの先生の授業の、文法より会話に重点を置いた授業も受けた。大学は、英文科に行ったので、100%英語の授業もいくつか受ける事が出来た。卒論も全部英語で書いたが、きっとすごい代物だった思う。<卒論のコピーは本棚のどっかにあるのだが読むのが恐ろしい。
アメリカに来てからは、1学期間ジャーナリズムのクラスを一つ聴講したのと、教育科のクラスをいくつか受講した。それとlsatの勉強を始める頃にはもう10年ほどアメリカに住んでいたので、日常会話には不便しないほどの英語力はあった。だから、ロースクールの受験も、admissionsの人と面接をした時に、toeflは受けなくても良いと言われた。
さていざ授業が始まってみると、言葉以前に判例の読み方、理解の仕方、要約の作り方などを初めての事ばかりで、10ページほど読む宿題も大変であった。でもこれも次から次へと判例を読んでいくうちに、後期に入って20ページ以上の宿題がぼんぼん出ても、内容が面白くなくて読むのがつらいとは思っても、量が多すぎて読めないという事がなくなったので慣れとは有り難いものである。
それでも電子辞書はいつも携帯している。前にも書いたかと思うけど、今年になって購入した新しいseiko instrumentsの辞書は、ものすごい数の語彙が入っていて、法律用語はもちろん、判事が判例の中で使うラテン語の単語も収納されていて、本当に便利である。
言葉のハンディはもちろんあると思う。でもそれを心配するよりもっと大事なことは、他のアメリカ人にとっても新しい単語、言葉の使い方が法律には沢山あるという事実を知ることだと思う。それと、アメリカで生まれ育った人達も皆がアメリカ憲法の修正条項が何であるかを知っているわけでもないし、皆が文法、スペルの間違い無しに文章を書けるわけでも決してない。
程度の違いはあっても皆何かしらハンディがあるんだと思う。若くて良いこともあれば、人生の経験が浅いので法律の理解の仕方に限界があるという不利な点もある。アメリカ人だって読む速度に遅い早いがあるから、もともと本を読むのが早い私は、英語で読むのに慣れた今、読むのが遅い友達より早く教科書を読めるようになっている。シングルペアレントで2人の子供を育てていて、泣きたくなるほど大変だと思っていても、独身のアメリカ人の学生が、ロースクールの勉強が大変でついていけなから辞めたというのを聞くと、大変でも法律の勉強が楽しい私は大丈夫だよ、と安心したりする。
来週の水曜でこの1年の勉強が全て終わって、5月からの期末試験に備える。しかし、この1年で私は本当に多くの事を学んだ。法律に関することはもちろん、アメリカ人の物の考え方、アメリカの学校の仕組みなど、去年の8月からの10ヶ月未満に新しく学んだことの多さ、それらの私自身への影響の大きさを考えると、気が遠くなりそうである。
で結局のところ、何度も言うようだけど、本当にロースクールに入る事が出来て良かったと思う。
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One Comment
すごく勇気が出ました!
そうですね、みんな多かれ少なかれハンデはある。自分に課された条件の中でどれだけ最大値を出すか、ということかもしれないですね。
2人のお子様を育てながらのロースクール、本当に頭が下がります。最後の、「本当にロースクールに入る事が出来てよかったと思う。」という言葉が、いっそう輝いている気がします。
私もそう思えるようにがんばります、いや、絶対にそう思える気がする。
ひろさん、がんばってくださいね!!
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